入門心理学・雑記

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ベルイマン、アントニオー二
2007/08/04

名監督、巨匠が相次いで逝去した。
高齢であったから天寿と言って自分自身を慰める他はない。
60年代、70年代は文化の質が良質であったと思う今日この頃である。
ビデオからDVDにメディアが変化し、レンタル落ちの映画を自分でDVDに焼き直して、改めてその質の良さに感嘆する。

一方で、エンターテイナーとして女王の位置を確立したダリダの没20周年にあたる。
弟であり、ダリダのマネージャーを勤めていたOrlandoから8枚組のDVDが出版された。
1933年生まれ、1987年自殺。まだ存命であっても不思議のない年齢である。
この8枚組を見ていると、「愛するジジ」でオスカーをとったダリダに対して、誰がこの結末を予想したであろうか。
7枚目までは「ジジ・パラ・ディスコ」をお得意のダンスを披露し元気に踊っている。
8枚目に至って突如状況が一変する。
「ノスタルジー」、「「雨のブリュッセル」、「灰色の途」は歌の性格からこんな物だろうという印象がある。
1981年のオランピアを境に、やつれた表情が顕著になっていく。まだ50歳前である。

元来、身体は細いが骨格のいい人であり、音域も広い。
「ラ・フェリア」はまるで狂ったかのように踊り、歌っている。声のある人である。歌だけ聞いているとさほど気にならないが映像を見ていると、涙が出てくる。これがダリダなのかと。
マイクを持ちながら歌う「小さな言葉」は悲惨でさえある。
最後まで舞台では毅然としている。芸人魂であろうか。
「ヴェネチアン」を聞きながら、つくづく歌のうまいひとであったんだと改めて思う。
あのリズム感には非凡なものがあり、歌も非常に丁寧に歌っている。
これほどのエンターテイナー、二度と出現しないであろうと思うと、歌わなくてもいいから生きていて欲しかったと思うのはファンのわがままなのであろう。

とにかく、質の良い時代は確実に過ぎていき、それを伝え次ぐ我々の時代もいずれは滅びるのである。

珍答案 ア・ラ・カルト
2007/07/26

試験シーズンになり、採点はいつもながら重労働である。
その中にも、笑えるものがあるので拾っていきたいと思う。

今日の第一弾
講義の中で、一間、一尺の長さが解らない人が増えた話の中であろう、
「アルプス一万尺 小槍の上でアルペン踊り踊りましょ」
これを
「アルプス一万弱 子山羊の上でアルペン踊りを踊りましょ」
だと思っていたとのこと。

一尺=30cm 一万尺=3000m
日本の3000m以上の山は北アルプスに集中している。

写真はLeica Minox Model デジカメである。
これで以前出たフィルムの Leica Sharan Modelから名前をとった我が家の猫を試し撮りしたものである。

書痴メンデル
2007/06/30

S.ツヴァイクの小説である。第二次戦争の戦争責任裁判はドイツでは芸術家にも及んだ。第二次戦争終結を題材にした映画はいくつかあるがいずれもオール・キャスト、大作である。Longest day 史上最大の作戦はポール・アンカの主題歌とともによく知られている。ノルマンデイ作戦を題材にしたフランス側からみたルネ・クレマン「パリは燃えているか」を知る人も多い。上陸の合図としてヴェルレーヌの「落葉」が使われたことがいかにもフランス的である。スペンサー・トレイシー主演の「ニュールンベルク裁判」もこのひとつである。
 この戦後の裁判で有罪となった音楽家は作曲家のリヒャルト・シュトラウス、指揮者のハンス・クナパーツブッシュである。シュトラウスは歌劇を書いていたので、台本を書いていたホフマンスタールの死で自分の活動に支障をきたし、ツヴァイクに目をつけたようである。ところがツヴァイクはユダヤ人であったがため、ナチに追われて夫妻で自殺に追い込まれた。

 さて、このこととは別に、TVをほとんど見ないので世事にはかなり疎くなった今日この頃である。春のGIも波乱のうちに幕を閉じた。読まずに溜まった新聞の整理にかかったのだが、新聞を見ながら一時代が過ぎたのかと痛感した。あの名チェロリストのロストロボヴィッチの死亡記事があった。気骨のあるアーティストであった。
 このようにして時代は去っていくものかと悲しい思いである。

「やれば出来る」症候群
2007/06/25

最近、学生達の話を聞いていて愕然とした。
私たちは努力してもできないことばかりであると、日々努力する。
人間の一生は努力して、一生勉強するものであると考えてきたが、最近はそうでもないらしい。
やれば出来る、環境が整いそれなりの訓練や教育があれば大抵のことは達成できると思っている学生は少数ではなさそうである。
知識も技術も誰かが教えてくれるものと信じている。
おそらく「やれば出来る」で一生終わるのだろうと考えると寂しい気分になる。
彼らは肉体改造をして訓練をすればカール・ルイスもベン・ジョンソンもタイガー・ウッズにもなれたと信じていることに、希望ではなく悲しさを覚える。
この現象は私一人が感じていることではないらしい。ほかの教師も同じ事を言っている。
タイガー・ウッズも宮里藍もパパがいたから天才になれたという発想らしい。教師も御難の時代である。どこからこんな教育になってしまったのであろう。

とにかく、人間社会の激変をよそに、いつものように草花は季節に乗って美しい花を咲かせている。

異常気象
2006/03/05

今年は例年になく厳しい寒さとなりました。
雪の降ることのない銚子にも積雪がありました。
野鳥の出現も変化しています。
寒さのため、餌を求めて冬鳥が例年より南下しているようです。

干潟町、夏目の堰には約300羽のコハクチョウが越冬にきています。

コハクチョウ、タゲリ、ミコアイサ(通称パンダガモ)

宇宙連詩
2003/06/09

宇宙開発事業団の主催で「宇宙連詩」プロジェクトが企画されました。

第4詩から第20詩までが一般募集になり、2詩採用されました。

3月24日代官山で連詩を朗読する「星のシンポジウム」が開催され、「折々の歌」で有名な大岡信さん、
フォーク界のカリスマ的存在の小室等さんとお会いすることができました。

連詩は先日、ロシアで打ち上げられたソユーズに乗せられて宇宙ステーションに運ばれました。1年後に宇宙に飛ばされて流れ星になるそうです。

他愛ない試みですが、この忙しい時代に楽しい企画ですね。

こころの座
2003/06/09

「こころ」については人類が始まって以来の関心事であったであろう。
文献に現れるのはプラトン以降である。
プラトンは「肉体はこころの牢獄」と称した。人の魂は死んで初めて肉体の牢獄から解放されるという。彼のイデア論の典型である。心身二元論でもある。

 アリストテレスに「霊魂論」というのがあって、これが心理学についての最初の書であると言われている。

 その後、ずっと下ってデカルトが「松果腺」仮説なるものを出し、こころの座は「松果腺」にあるとした。これも心身二元論説である。デカルトの仮説は近代科学のもとで、容易に崩れたが、心身相関の問題はいまだに論じられており、これからもこの論議は果てしなく続くであろう。「身体」と「こころ」との関係は心理学でも大脳生理学でも大きな課題である。

 「こころ」が心臓にあるとされていたことは周知の事実である。心臓という言葉自体がそのことを最もよく表している。さらに、英語では「暗記する」ことを learn by heart と表現しており、心臓に記憶の機能があるがごとき表現である。

 もちろん、近代科学のなかでは、こころの座は「脳」であるとされており、大脳生理学の研究など盛んになっている。ただし、喜怒哀楽等、どのような刺激が脳のある部位を刺激しているというようなことを大脳生理学で生理学的に説明したとしても、必ずしも、それが悲しいという感情を引き起こすのか、喜びという感情を引き起こすかを説明するのは困難である。

心理学に限って
2003/06/09

心理学に限って、何故,2001年度まで「心理学」という講義題目で授業を受け持ってきた。
なぜか、この講義題目が重くもあり、うっとうしい思いがあった。
この時期、新学期を迎える季節になると気が重くなる。
というのは、ほかの学問分野で学生が講義の中身について予見を持ってくることはあまりない。

心理学の場合、犯罪心理学や性格心理学など、いわば臨床関係のイメージが強いらしい。
まず、学生に対してこのような思いこみを溶かなければならない。
というより、1年かかってやっとこうした思いこみから脱着してもらうことになる。

2002年度から「人間行動」という講義題目に変更してもらうことができた。
この名前の変更だけでかなりの先見や予見は少なくなったように思う。
はじめに,心理学について思うことを、徒然に書いていきます。

テスト書き込み
2003/06/09

ニワゼキショウ

庭石菖と書きます。アヤメ科だそうです。

花の大きさは1cmにも充たないものです。

色は紫と白紫。神様は公平ですね。こんな小さな花にも手抜きはしません。

浦安キャンパスにたくさん咲いています。

とても小さいので踏みつけても気付きません。

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